会社を伸ばす右腕もいれば、会社を回る形にする右腕もいる。
前に出て引っ張るのではなく、後ろから整え続ける側だ。

石川県金沢市。行列の絶えない人気焼肉店『しちりん家』を展開する、株式会社サイグループ。
この会社を、社長と二人で支えている男がいる。金崎一樹。
役割ははっきりしている。会社を、回る形にすること。

すべては、あの震災から始まった

きっかけは、能登半島地震だった。
自分が経営する店の、スタッフが被災した。
連絡が取れない。状況もわからない。そんな経験もした。
「何かやらないといけないと思ったんです」。気が付くと無我夢中で物資を積んで現地へ向かっていた。
集まった大量の物資をさばき、二時間半の雪道、崩れた道を往復する過酷な支援活動。

その中で、金崎は十年来の知人である株式会社サイグループの現社長に連絡を入れた。
「手伝ってくれそう、そう直感したんです」 。
連絡すると、二つ返事で動いた。
金沢から能登まで、車で往復数時間。道中、二人は語り合った。会社のこと。これからのこと。

一見、日常的に満席が続く人気焼肉店『しちりん家』。
だがその裏では、代替わりという重い課題が横たわっていた。
会長(先代)が築いた盤石な『属人経営』の城を、いかに次世代へ引き継ぐか。
「うち、手伝ってくれんか」。
その一言が、すべての始まりだった。
参画することを決めた。それは、運命のように引き寄せられた出来事だった。

半年だけ見られた、最後の経営

最初は、週に数日。いきなり中に入るのではなく、まずは横で見る。
会長のそばに立ち、判断の背景を聞き続ける。
「まずは理解することが役割だと思っていました」。

創業者の思考。
「いいときは何も変えるな」 。
メニューの、古い写真一枚変えることすら渋る会長の頑固さ。
なぜこの値付けなのか。なぜ変えないのか。説明できない判断も多い。
だが、結果は出ている。
それは、無駄なコストを徹底的に排除し、利益を生み出す商いの原点でもあった。
そうやって、現社長とともに継承し、整えていた道半ば。
その時間は、長くは続かなかった。

突然の空白と、二人でのスタート

2025年5月、コロナ禍を経て休止していた桜田店の再始動が目前に迫っていた。
会長はこの復活を、自らの『最後の仕事』と位置づけていた。5月5日。孫の誕生日会に向かう会長の背中を見送ったのが、最後になった。
その夜、会長が急逝する。

「やるしかない、という状態でした」。
想定されていた、緩やかな承継は崩れ去った。
準備途中の店舗。引き継がれていない判断。説明できない仕組み。
残されたのは、現場と現実だった。

金崎は、新店舗のオープンと、誰も正解を知らない制度なき組織のすべてを、
社長と共に背負うことになった。
自分の店は畳み、覚悟を決めた。
意思決定をする側と、それを形にする側。役割は、自然に決まっていった。

黒字なのに、説明できない会社

会長亡き後に蓋を開けた組織は、アナログと属人化の極致だった。
社員の給与は会長の感覚で決まり、同じポジションでも金額の根拠が分からない。
昇給の記録もなければ、就業規則も形骸化している。制度としての辻褄が合わない。
会長が制度だったからだ。
「新しく人を採用しようとしても、仕組みを説明できないんです」。

金崎は、自分よりも年上で、長年看板を守ってきた古参社員たちと向き合い始めた。
「なんだこいつは、と思われているのは分かっていました」。
制度を整えれば、給与が下がる人間が出るかもしれない。
波風を立てずに、しかし再現性のある形に組み直す作業。
金崎は焦らず、年単位の移行期間を設け、一人ひとりと丁寧に対話を重ねている。
それは、制度という名の冷たい紙に、現場の『体温』を宿らせる根気のいる作業だ。

『何でも屋』という役割

制度を作るだけでは終わらない。
戦略を練る一方で、店舗のソファーを自ら修繕し、小屋を建て、詰まった配管を付け替える。
SNSの更新も欠かさない。
「なんでもやりますよ」。誇らしげに語る。
だが、それは単なる便利屋、というわけではない。
現場を知らずに制度は作れない。
関係がなければ、誰も聞かない。
「分かってないと思われたら、何も進まないんで」。

最近では、キッチンや肉場にも進んで入る。
「肉が遅い!」「溜まってますよ!」。
自分より一回り以上若い店長に、容赦なく怒鳴られる。だが、金崎はそこで新人として、素直に頭を下げる。
外から来た人間だから、当然だ。
それでも引かない。やる。関わる。直す。

「ずっと引いている人は、面白くない。泥を被ることでしか、得られない信頼がある」。
経営者の視点を持ちながら、現場で一番低い位置から支える。
その二面性こそが、組織の糸を解きほぐす唯一の楔(くさび)になっていった。

組み直すという仕事

金崎は、自分が社長の『代わり』になろうとは決して思わない。
 「僕の役割は、決定を下すためのカードをすべて揃え、社長に提示することです」。
起業経験があるからこそ、決断の重さと孤独を知っている。だからこそ、社長が迷わず剣を振るえるように、最悪のシナリオを潰し、未来の選択肢を整える。

金崎の仕事は、継ぐことではない。組み直すことだ。
会長が作った強さを残しながら、今の時代に合う形に変えていく。
急には変えない。でも、止めない。
制度は、一年では終わらない。二年かかるかもしれない。
それでもやる。
会社を、誰でも回せる状態にするために。

『地域で一番店であれ』
会長が遺した標語は今、店舗を増やすという中長期の具体的な目標に変わっている。
セントラルキッチンの強化、別ブランドの立ち上げ。
金崎の好奇心は、サイグループという船をさらに遠くへ導く原動力となっている 。

しんどさを引き受けるという誇り

あなたも一度はあるはずだ。「これ、自分がやるしかないな」と飲み込んだ仕事。本当は納得していない無理難題や、誰かのミスを自分の判断でなかったことにしたあの日。
その場では誰にも気づかれず、褒められることもない。だが、あなたが止めていないから、現場は今日も無事に動いている。

金崎は、そんな逃げ場のない仕事をすべて引き受け、軽くこう言う。 「しんどいのは当たり前なんで」

理不尽な承継、アナログな現場、そして自分を拒絶するような視線。そんな混沌の中で家路につくあなたへ。金崎は、その居心地の悪さこそが、右腕の価値だと言い切る。
「二番手は、社長が必要とする『補完性』を持っていなければならない」。

同じタイプである必要はない。社長や上司の尻拭いで終わるな。あなたが飲み込んできたものの数だけ、あなたは誰よりも現場のリアルを知っている。上の無茶も下の本音も両方見える位置にいる人間は、そう多くはない。
泥を払い、一筋の道を作っているその手に残る傷こそが、あなたが組織を再生させている消えない証明だ。

誰にも言われなくていい。ちゃんと回している。それだけで、十分だ。 その役割は、確実に会社を前に進めている。 それこそが、あなたにしか出せない、何物にも代えがたい結果なのだから。

【編集後記】

「継ぐんじゃなくて、組み直してる感じなんですよね」。
その言葉が、すべてを表していた。
「ゼロから一を作る作業が好きなんです」。
と語る際の、少年のように旺盛な好奇心を持つ男でもあった。
会長が作り上げた素晴らしい利益体質を、いかに壊さず、時代に合わせてアップデートするか。
会長の魂を受け継ぎ、現場の信頼を勝ち取り、社長の未来を形にする。
『何でも屋』という言葉の裏には、組織のあらゆる隙間を埋めようとする、右腕としての深い愛と執念が詰まっている。