『なんとかなる』を正解にする ―― 代表の根拠なき確信を、1,700種の現実に変えた右腕
代表が想い描く、根拠なき確信・ミッションを、一寸の狂いもない現実へと叩き直す。1,700種類のコロッケを支えるのは、一人の男の緻密な計算と、愛娘への誓いだった。
仕事の軸を変えた、愛娘の言葉
「パパ、久しぶり!」
当時2、3歳だった娘から投げかけられたその無邪気な一言が、黒木徹の人生を根底から揺さぶった。
それまでの黒木は、仕事にすべてを捧げていた。営業として、経営者として、休みなく働く。土日も関係ない。ゴルフも接待も仕事のうち。それが当たり前で、不満すらなかった。
だが、その日だけは違った。
娘の言葉は、積み上げてきた自負を無慈悲に粉砕した。「すごいショックでした。今の働き方が急に嫌になりました」。
2017年。黒木は土日休みという、かつての自分なら鼻で笑ったような条件を最優先に転職活動を始める。
その時、目に留まったのが、ひとつの求人票だった。コロッケを被った社長。最初は笑った。だが、気になった。SNSを遡るうちに、違和感が膨らんでいく。
これまで会ってきた経営者と、明らかに違う。金の匂いがしない。見せ方も、強さも、どこかズレている。
この人、本物かもしれない。そう思ったのと同時に、こうも感じた。この人の事を知りたい。
気づけば黒木は、合同食品の門を叩いていた。
引き継ぎゼロ、月200社を繋ぎ直す
入社後、黒木に最初の試練が訪れる。経理総務を担っていた人間が、何の前触れもなく辞めたのだ。
「ぼくにやらせてください」。
お金の流れを知るチャンスだと考えた黒木は、経理業務を、従来の生産管理と並行して進める兼務を志願した。だが、待っていたのは引き継ぎ資料が一切ない、月200社、延べ1,000社に及ぶ取引の迷宮だった。 どの客が、いつ、いくらで、どんな条件で回っているのか。黒木はわからないことは全部顧客に直接聞いた。こうして白紙の表を埋めていった。誰も見ていない夜の事務所で、彼は独り、組織の血管を繋ぎ直す作業に没頭した。だが、それで終わりではなかった。
なんとかする覚悟
入社して数年後。コロナのタイミングで、工場移転が決まった。巨額の借入。先の見えない売上。黒木は、キャッシュフローを見ていた。昼は現場、夜は数字。資金繰り表を見るたびに、気持ちが悪くなった。
「本当に吐きそうでした」。
自分の金じゃない。だが、従業員と、その家族の生活が、一本の線の上に乗っている。その重圧に押し潰されそうになっている横で、社長は言った。
「なんとかなるって。大丈夫」
——正直、ムカついた。こっちは数字を見て話している。最悪のシナリオも、全部織り込んでいる。それを、この一言で済ませるのか。無責任すぎるやろ、と思った。
だが、ある時、気づいた。社長は未来を見ている。自分は、今しか見ていない。どっちも必要だ。だが、そのまま流せば現場は壊れる。
だから決めた。
社長の言葉を、そのまま現場に流さない。未来の話は、そのまま伝えない。不安になる部分は削る。必要な形に変えて、下に渡す。現場の不安は、上にそのまま上げない。ぶつかるだけだからだ。自分の中で一度受け、整理し、意味のある形にする。
代表の『なんとかなる』を、必死で『なんとかなった』という結果に書き換える。それが、この会社を壊さないための、唯一の方法だった。
そして同時に感じた。それは、誰か一人の頑張りだけで終わらせたら意味がない。誰がやっても回る形にしないと、また同じことが起きる。
職人の勘を、組織の言葉に叩き直す
現場には、さらに高い壁があった。見て覚えろ、という職人気質の暗黙知だ。教え方が分からないから教えられない。その文化を、黒木は力技で解体し始めた。職人たちと膝を突き合わせ、1,700種類に及ぶレシピの言語化に着手する。気温や湿度で変わる原料の状態を、いかに誰でも再現できる形にするか。
「全部を数値化すれば現場が止まる。かといって勘に頼れば品質が崩れる。そこがすごく悩ましいんです」。その『最適点』をひたすら探し続ける。
逃げる理由はいくらでもあった。だが黒木は逃げなかった。問題が起きれば誰のせいにもせず、仕組みの欠陥として受け止める。その積み重ね、その誠実さが、頑固な職人たちの心を溶かしていった。やがて現場には変化が生まれる。自分のやり方ではなく、組織としてのやり方で語るようになっていった。
選考移行率90%の、残酷なほどの誠実さ
黒木の仕組み化は、採用という未知の領域でも機能した。
社長の「来年、新卒採用をしたい」という一言から始まった取り組みは、いまやインターンからの選考移行率が90%を超える。その秘訣は、徹底した情報開示にある。
「普段通りの、飾らない従業員同士のやり取りを見て貰いたいと思ったんです」。
それを隠さない。むしろ、すべて見せる。ありのままを見せる『体験入社』を通じて、現実をそのまま伝える。会社を良く見せようとする粉飾を、一切しない。そのうえで、ここで働きたいと覚悟を決めた者だけを、家族として迎え入れる。 「会社が選ぶのではなく、選んでもらいたいんですよね」。黒木が作ったのは、単なる採用フローではない。合同食品という船に、共に乗る覚悟があるかを問う、誠実な儀式だった 。
自分を消して、組織を走らせる
現在、黒木は実質的なNo.2として、全社を統括している。 「代表が会社が10人の頃の距離感で話すと、新入社員には威圧的になることもある。だから、僕が間に入って、納得感のある言葉に直して伝えるんです」。
代表に迎合せず、否定もせず、納得いくまで議論を重ね形にする。二つの個性が合わさって、初めて一つの絵になる。 黒木は今、代表から実務を奪い取ろうとしている。代表がより社会貢献や経営活動に専念し未来を描き続けられるように。自分が、現実のすべてを背負う。それは、かつて経営者として苦楽を味わった彼なりの、トップへの究極の献身だ。
ここからは、上積みの時間だ
2025年秋、原材料高騰の荒波を受け、大幅な値上げを断行した。一時的に現場は揺れた。
「今、現場は少ししんどい時期かもしれません。でも、利益率は確実に改善しました。トンネルはもう抜けているんです。ここからは、積み上げていくしかない。光は見えています」 。
かつて「パパ、久しぶり」と言われた男は、いま、45人の家族を守る立場にいる。大黒柱として、光の差す方へ組織を導いている。
そしてもう一つ、守ろうとしているものがある。代表の「なんとかなる」を、正解にし続けること。
未来は、語るだけでは実現しない。現実に落とし込み、再現できる形にして、初めて意味を持つ。
黒木は、光の差す方へ組織を導いている。
誰かのなんとかなるを、現場でなんとかしている人間がいる。たぶん、あなたもそうだ。誰にも気づかれないところで、止まらないように、壊れないように、整え続けている。それは、軽く見られていい仕事じゃない。むしろ、その一つひとつで、会社は保たれている。
ただ一つだけ、考えてみてほしい。
それは、あなたがやり続けるべきことなのか。
それとも、誰でもできる形に変えるべきことなのか。
それを、ずっと自分一人で抱え続けるのか。
【編集後記】
黒木さんは「自分は不安を消すためにインプットし続けているだけです」。と語る。だが、その不安は、自分のためではない。共に働く仲間の生活を背負うという責任から来るものだ。代表の楽観を、結果に変える。『なんとかなる』を正解にするための、誰にも見えない泥臭い努力。それこそが、黒木徹というノンネーム・ヒーローの仕事なのだ。
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