【森保一】36年、隣を歩いた男
森保一の信頼を「世界での勝利」に変えた右腕・横内昭展
2022年12月1日、カタール。
ワールドカップ1次リーグ最終戦。 日本代表は、優勝候補のスペインを相手にしていた。
前半、先制を許す。 だが後半、日本は逆転する。
ドイツ、スペイン。 世界の頂点を争う2チームを、同じ大会で破った。 日本代表史上、初めてのことだった。
このとき、日本が使ったフォーメーションは、それまで一度も試合で使ったことのないものだった。
世界を驚かせたベンチに、二人の男がいた。 監督・森保一。 そして、その隣に座っていたコーチ・横内昭展である。
二人は、36年前から、隣同士だった。
トップは、決める人
森保一。
選手として日本代表。 監督として、サンフレッチェ広島をJ1優勝に導き、日本代表監督になった。
決断するのは、いつも森保だ。 誰を呼ぶか。どう戦うか。最後に決めるのは、監督一人の仕事だ。
だが、決断には、材料が要る。
監督が一人で見られるものには、限りがある。 監督が一人で気づけることにも、限りがある。
決める人の隣には、見える範囲を広げる人が要る。
右腕は、36年、隣にいた
横内昭展と森保一の関係は、1986年に始まる。
横内が、マツダ――いまのサンフレッチェ広島の前身――に入団した翌年、森保が入ってきた。 横内が、1年先輩。
二人は選手として同じチームでプレーし、引退後は指導者になった。
2011年。 広島の監督が代わることになり、後任に森保の名が挙がった。 横内は、このときコーチを退こうと考えていた。
だが、森保が、横内に頼んだ。 残ってくれ、と。
横内は、ヘッドコーチとして残った。 そこから、広島で2012年、2013年、2015年とJ1優勝。 4年で、3度。
森保が監督として歩いた道の、すぐ隣に、いつも横内がいた。
監督に、意見を「言わせる」設計
森保一という監督には、特徴がある。
自分の考えだけで、すべてを回そうとしない。 スタッフにも、選手にも、「意見を聞きたい」と言い続ける。
これは、長所に聞こえる。 だが、簡単なことではない。
トップが「意見を聞きたい」と言っても、本音が集まるとは限らない。 監督は、選手にとって、自分を試合に使うかどうかを決める人だ。 その相手に、思ったことを正直に言える選手は、多くない。
横内がやったのは、その「言いにくさ」を引き受けることだった。
選手と話す。 スタッフの考えを聞く。 海外でプレーする選手の感覚を拾う。
そして、監督が決断するための材料を、整えて渡す。
横内本人は、こう語っている。 森保は、聞いた意見がチームのためになると判断すれば、どんなことも躊躇なくやる、と。
トップが「聞く人」であるためには、隣に「集める人」が要る。 横内は、その役割だった。
責任を、引き受ける側に立つ
2017年。 広島は、開幕から低迷していた。 17試合で2勝、11敗。
森保監督は、解任された。
チームは、後任が決まるまでの「中継ぎ」を、横内に頼んだ。 リーグ戦、たった1試合だけの監督。
引き受けた横内は、こう言った。
「低迷の責任は、監督だけにあるとは思わない。僕らスタッフにも、選手にも、責任はある」
監督が去り、批判が森保一人に向かうとき。 横内は、その責任を、自分たちの側にも引き受けた。
右腕は、うまくいったときに前に出ない。 うまくいかなかったときに、後ろに隠れない。
残ったのは、世界で勝てるという実感
2022年、カタール。
ドイツに勝った。 スペインに勝った。 2大会連続で、決勝トーナメントに進んだ。
それは、一夜でできたことではない。
広島で4年。 代表で4年。 森保と横内が、隣同士で積み上げた時間の上に、あの勝利はあった。
決断したのは、森保一。 その決断の材料を、36年かけて整え続けたのが、横内昭展。
前に立って決めるのが、トップ。 隣で、決断の精度を支えるのが、右腕。
右腕とは、 トップが「一人で決めなくていい」状態を、隣で作り続ける人間のことだ。
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