支配人候補の応募から、売上50億グループの取締役へ
頼まれ事は、試され事 ― 週7で風呂に入る男が、風呂の会社を動かすまで。
「バンドマンをやりたい息子と、会社を継がせたい親の喧嘩みたいだった」
地獄のような飲み会の翌日、同席していたメンバーはそう笑ったという。ホールディングス化を進める社長が、27歳の取締役に経営層への専念を求めた席。藤田は「温浴の仕事は外れたくない」と本心をぶつけ、社長は酒の勢いも手伝って激怒した。最悪の空気のまま、会は解散した。
その2日後、社長から電話が鳴る。開口一番、「ごめん、この前」。この一本の電話に、北海道でホテル・温浴・飲食・食品加工を展開し、2年半で売上を20億円規模から50億円規模へと伸ばした【北海道ホテル&リゾート】グループの、トップと右腕の距離感が詰まっている。本記事では、CEO室室長・藤田が体現する『頼まれ事は、試され事』の流儀と、サウナに救われた男がサウナで会社を動かすまでの物語に迫る。
風呂に、救われて生きてきた
二度の退職と、週7のサウナ
藤田は札幌で生まれ育った。1社目は企業支援会社に。小さな店や飲食店の経営支援がやりたくて入ったのに、任されるのはイベントや事業の担当ばかり。頑張れば頑張るほど、やりたい仕事から遠ざかっていく。
「僕それやりたくて入ったのに、頑張れば頑張るほど離れさせられるし。あと、みんな悩んでるのに軽いノリでやってるのも、結構許せなかったんで」。
違和感を口にして上司と揉め、2年半で退職。次に入ったスタートアップでは、バックオフィス全体の統括を任されたが、人を大切にしない組織の方針とぶつかり、半年で自ら区切りをつけた。
キャリアの見通しは立たない。だが、この時期の藤田を支えていたものがある。風呂だ。
「精神的にきつい時期、毎日風呂に助けられて生きてきたんです」。
週7で温浴施設に通い、家の風呂には入らない。サウナと温泉が、疲れた心を立て直す場所だった。ここまで風呂に思い入れのある人間は、そういない。だからこそ、次の求人が目に飛び込んできた。
札幌に新しくオープンする温浴施設【サウナコタン】の、支配人候補の募集だった。
君、面白いね
支配人候補に応募したら、札幌本社ができた
いきなり支配人候補を募集する会社は、まずない。興味を持って調べると、ホテルを軸に多角的に事業を広げている会社だとわかった。応募すると、最初の面談からいきなり社長が出てきた。
「君面白いね、来てよ、って。本社で欲しい、社長室で欲しいって言われて。いや、僕は現場がやりたくて来たんですけど、って話になって」。
当時、本社は富良野。札幌で働きたかった藤田が「それなら結構です」と伝えると、社長は言った。
「じゃあ、札幌本社作るわ」。
本当に札幌本社ができた。最初のメンバーは、藤田一人だった。
社長室といっても、当時は社長が一人で全てを動かしていた時代。藤田の最初の仕事は、社長に連れ回されることだった。全ホテルに泊まり、写真を撮り、レポートをまとめ、改善点を出す。すすきのの新店舗は、物件の下見から社長と2人で行き、レセプションも営業許可もプロジェクト管理も、全部藤田が形にした。
「大雑把に決まったものを、仕組みにして、形にして、プロジェクトにして指示を出す。そこは結構得意なので」。
社長の抽象的な『やりたい』を、動く形に翻訳する。この役割が、藤田の現在地を作った。入社半年後、気づいたら契約書が送られてきて、室長になっていた。
「俺、役職ついてますか?って社長に聞いたら、おお、言ってなかったっけ?って。言われてないですし、OKも出してないし、と思いながら」。
現在は評価制度も昇給の仕組みも整備され、こんな飛び級はもう起こらない。だが、創業拡大期の勢いを象徴するエピソードとして、藤田は笑いながらこの話をする。
地獄の飲み会
一方的にキレられた夜と、2日後の「ごめん」
ホールディングス化を進めていた時期、社長から改まって飲みに誘われた。経営統合を機に、もっと経営層に専念してほしい。次の経営を担う人材として期待している。そのために、施設責任者を務める【サウナコタン】から離れてほしい。そういう話だった。
光栄な話だ。だが、藤田は頷けなかった。
「初めて施設の責任者をやって、自分のジャッジで、年間3億円規模が動く施設を動かして。今までやった仕事で断トツで面白かったんですよ。思ったことを具現化できて。外れたくないな、と」。
兼務でもいいから温浴は続けたい。それが自分のモチベーションの源泉だから。そう本心を伝えると、酒の入った社長は激怒した。やりたくないってことか。言葉は噛み合わず、藤田も不機嫌になり、飲み会は最悪の空気で解散した。同席したメンバーが翌日、『バンドマンをやりたい息子と、継がせたい親の喧嘩』と笑ったのは、この夜のことだ。
2日後、社長から電話が来た。
「ごめん、この前。お前もやりたいことあるよな、そりゃ、って。僕もすいません、変な態度取って、光栄な話をされてるのに生意気で、って」。
そして社長は、こう続けた。
「やるなら、とことんやれ。日本一になれよ」。
温浴をやるなら、中途半端にやるな。人が必要なら取ってくる。10でも100でもやれ。極端な言葉に、社長の器が滲んでいた。いま藤田は、平日は本社でCEO室の仕事を、土日は【サウナコタン】を見る。暇ができたら施設に行き、客と話し、イベントを考える。仕事というより、ライフワークに近い。
社長の、見えない朝
いかつい見た目と、誰よりも厳しいルールの中身
藤田の語る社長像は、ギャップに満ちている。
「見た目、結構いかついんですよ、うちの社長。でも話したら、めちゃくちゃ厳しいんです、法律とかルールに。残業とか、社内で一番うるさい。現場がごまかそうとすると、めっちゃ怒るんですよ。休めって」。
そして、人の見ていないところの努力。毎晩会食で酒を飲んでいるのに、毎朝4時半か5時に起きて、一人で作業をしている。藤田が起きる頃には、朝から資料が送られてくる。
「ここまで考えて、ここまでのことを朝からやってんだ、って。人一倍動いてるし、考えてるし、本当に仕事に全振りしてる。やっぱりすごいなと思います」。
見ているのは3年後、5年後、10年後。かつて藤田が『なんでこんな雑用ばかり』と感じていた指示も、今の立場になると、全社を考えたら当然の判断だったとわかる。取引先に意図的に騙されてみせることすらある。相手の度量を見るために。
「任せきらないと、結果は出ないでしょ」。
「外に仕事を任せる時は、任せきらないと結果が出ない。中途半端になったら意味がないから、騙されるかもしれないけど一回やらせてみる、って言うんです。僕だったら100万円で顔が変わっちゃうんで。動かしてる金の違いも含めて、器だなと」。
そして、藤田が何より尊敬しているのは、シンプルな一点だ。
「ありがとうと、ごめんが言える人なんですよ」。
「今までの上にいなかったんです、そういう人。感情的にはピュアで、小学生みたいな人なんですよ。怒った後、めっちゃ気まずそうにするんです。いいんだよ、社長なんだから、と思いながら。でもその人間らしさに、みんなついてくるんです」。
答えのない、人の心
一匹狼が学んだ、とにかく会話するということ
藤田の修羅場は、事件や売上ではない。人だった。
もともと一匹狼タイプ。社長室の直下で一人で動き、全部自分でやってきた。だが会社が急拡大し、組織を持ち、人に任せる立場になった時、壁にぶつかった。
「なんでやってくれないんだろう、こいつは何をモチベに生きてるんだろう、って。うまくいったと思ったら、また喧嘩してんのかい、って。去年1年間、めちゃくちゃ悩みました。すごくうまくいってると思ってた子が辞めちゃったり」。
年齢の壁もある。一回りも二回りも年上の部下を動かさなければならない。自分ならこのレベルでやるのに、という基準を、7割で許すことも覚えなければならない。夜寝る前に、恋愛のように悩んだ。どうやって指導したら、わかってくれるのか。
突破口をくれたのは、古参の部下だった。何度言っても同じミスをする、モチベーションの見えない男。だが藤田は、自分が彼を避けて、遠隔のやり取りだけで済ませていたことに気づいた。向き合って、飲みに行って、話した。
「プー太郎だと思ってたけど、意外にいろいろ考えてたんだな、って。スタッフのことを見ながら動いてたんだな、って。彼のことがすごくわかって。結局、会話することで解決されるんだって、彼で学んだんです」。
それから藤田は、どんなトラブルも後回しにしない。即、話しに行く。理論やアプローチの工夫より、対話の絶対量。
「悩んだら、次の日アポを取って話しに行けばいい」。
「悩む時間も無駄かなって。話せばあっちも本音で言ってくれる。人と人なんで、っていうところに行き着いたんです」。
かっこ悪いやつに、なるな
逃げない、言い訳しない、気持ちのない仕事をしない
藤田の信頼基準は、明快だ。社内なら、逃げない人。言い訳をせず、すいません、俺がやりました、と言える人。ありがとうとごめんなさいが言える人。そして、社長にすら『それは違うんじゃないですか』と、現場の盾になって言える人。
「逆に、部下に責任を押し付ける人が一番嫌いです。それをやったら、外れてもらう」。
社外なら、基準は一つ。熱があるかどうか。
「どんな領域でもいいんです。何かに気持ちを乗せてやってる人と仕事がしたい。どんなに安くても、金だけのためにやってるんだろうなって人とは、一切やらない。お客さんに気持ちを届ける商売をしてるんで、業者もパートナーも、気持ちのある人としかやりたくない」。
スタッフがイベントを企画してきた時も、問うのは収支より先に気持ちだ。どういう気持ちに、お客さんをさせたいの。それが語れたら、失敗しそうな企画でもOKを出す。ただし、一つだけ条件をつける。
「最終的な責任は俺が持つけど、その企画の責任はお前が持てよ、って言うんです。責任を持たないと、中途半端な仕事になる。それはお客さんに伝わるんで」。
そして、藤田がスタッフ全員に言い続けている言葉がある。
「かっこ悪いやつに、なるなよ」。
逃げるのは、ダサい。言い訳は、かっこ悪い。俺がやった、私がやったと言える仕事をしよう。イベントの責任者から、施設責任者へ、部署責任者へ。その積み重ねの先にしか、次の右腕は生まれないと、藤田は考えている。
仕組みを作って、その先へ
会社の課題と、家族経営の銭湯という夢
会社の課題を、藤田は一言で言い切る。仕組みだ。
「僕が入った時、売上20億円ぐらいだったと思うんですよ。今50億円規模までいってるので、2年半でこの拡大は、今までのやり方のままでは無理なんです。どういう仕組みを作って、どう管理して、どう任せるか」。
稟議のワークフローも、承認の仕組みも、これまではなかった。全てが社長に直接つながっていたからだ。だが、この規模になると社長も見切れない。言った言わないが生まれ、任せたくても任せられない。仕組みなしで任せてうまくいかず、結局社長に戻ってくる。それが今の会社の状態だと、藤田は冷静に分析する。
「会社の一番の課題を、潰しに行くのが僕の仕事です」。
「社長が今後やりたい方向に進んでいく時の、ネックが絶対そこなので。ワークフローの整備、チェック機能、管理機能。今日からもう始めてます」。
個人の課題は、育成だ。社長のやりたいことを具現化するのが藤田だったように、藤田のやりたいことを具現化してくれる人は、まだ育っていない。イエスマンではなく、やりがいを持って動ける人を、どう育てるか。
そして、3年後の理想を聞くと、藤田の答えは意外なところに飛んだ。
「あんまり自分がどうなりたいって、最近ないんですよ。それより、企業型の拠出年金とか、退職金制度とか、ちゃんと整備してあげたい。長く働いたらこうなれる、家族にもここで働いてほしいと言われる。そういう会社に、3年後は形にしていきたい」。
「前の会社より良かったなって、言われたい」。
従業員の幸せから未来を語る右腕は、珍しい。だが、藤田にはもう一つ、誰にも言っていなかった夢がある。
「本当の本当を言っちゃうと、いつか家族経営の、自分の銭湯をやりたいんです。しっぽりと。番台に立って、お客さんの顔を見て。俺はこれが好きなんだな、って」。
ちなみに社長の引退後の夢は、自分の民宿をやることだという。ホテルから始まった社長と、風呂に救われた右腕。行き着く夢まで、この2人はよく似ている。
右腕は、目指すものじゃない
これから右腕になる人へ、藤田の言葉
最後に、これから右腕になっていく後輩たちへ、藤田はこう語った。
「右腕って、目指してなれるものじゃないと思うんです。役職もそうで、結果的に周りに認められて、勝手になるもの。じゃあ何をするかというと」。
「頼まれ事は、試され事」。
「社長がよく言う言葉なんですけど、いいなと思ってて。頼まれ事を、どのくらいのスピード感で、期待値を超えて返せるか。どんなちっちゃな仕事でも、ただの雑用でも、仕事の質って出ると思うんですよ。何か買ってきて、だけでも出る。これは俺のやりたいことじゃない、って断るのが、一番良くない」。
藤田自身、【サウナコタン】の仕事を掴み取ったのは、この積み重ねだった。ルーティンワークを早く終わらせ、自分で時間を作り、現場の許可を取って、掃除から勝手に始めた。気づけば現場のスタッフが、責任者でもない藤田に相談に来るようになっていた。周りが認めた時、役割は後からついてきた。
だから今日も藤田は、平日は50億円規模のグループの仕組みを作り、週末はサウナの現場に立つ。週3、週4で風呂に通い、アイデアを仕入れる。社長の器に、チームで追いつくために。
もしいま、あなたが誰かの右腕として、「この雑用に意味があるのか」と迷っているなら、藤田はこう言うはずだ。
「小さな仕事にも、仕事の質は出る」。
編集後記
藤田氏の取材で最も印象的だったのは、地獄の飲み会の2日後にかかってきた、社長からの「ごめん」の電話の話だった。トップが右腕に頭を下げ、右腕は生意気を詫び、そして「やるならとことんやれ、日本一になれよ」で締める。この応酬ができる関係が、2年半で売上を2.5倍にした会社の土台にある。
週7で風呂に通っていた27歳は、いま風呂の会社の取締役として、番台に立つ夢を胸の奥に置いたまま、50億円規模の仕組みを作っている。社長の引退後の夢は民宿、藤田氏の夢は家族経営の銭湯。行き着く先まで似ている2人の物語は、まだ序盤に過ぎない。
プロフィール
札幌市出身、27歳。企業支援会社で経営支援・イベント事業を担当した後、スタートアップ企業でバックオフィス統括を経験。温浴施設【サウナコタン】の支配人候補募集への応募をきっかけに、社長直々のスカウトで北海道ホテル&リゾートに参画。札幌本社の一人目のメンバーとして社長室に入り、半年で室長に就任。現在はホールディングス取締役・CEO室室長として、グループ全体の経営企画・プロジェクト推進・重要案件の交渉を担いながら、温浴事業部責任者として【サウナコタン】ほか各施設の日帰り温浴領域を統括。趣味はサウナ・温泉(週3〜4で通う)。
会社概要
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