毎晩の電話で口説かれた ―安田隆夫の『現場の天才経営』を『続く仕組み』に変えた右腕・吉田直樹

 ドン・キホーテを継いだ男は、売り場に立ったことがなかった。

接客の経験もない。

仕入れをしたこともない。

それでもドン・キホーテ創業者・安田隆夫は、この男を毎晩のように電話で口説き続けた。

吉田直樹。

安田の『現場の天才経営』を『続く仕組み』に変えた右腕である。

 18坪から始まった

感覚で勝ってきた、現場の天才

 1978年。

安田隆夫は東京・西荻窪に、18坪の雑貨店「泥棒市場」を開いた。

商品の陳列方法も、営業時間も、既存の小売業とは違った。

深夜まで営業し、商品を所狭しと並べる。

その店が、繁盛した。

1989年3月。

安田は東京都府中市に、ドン・キホーテ1号店を開業する。

安田が大切にしたのは、他社の真似をしないことだった。

現在のPPIH(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)も、創業精神として「他の大手小売企業の真似は絶対にしない」という考え方を掲げている。

売り場を変える。

営業時間を変える。

小売業の常識を変える。

安田は、自分の感覚で会社を大きくしていった。

だが、会社が大きくなるほど、天才の感覚だけに頼る経営には限界が来る。

次に必要だったのは、感覚を仕組みに変えられる人間だった。

 

 毎晩の、電話

天才は、正反対の男を口説いた

 吉田直樹は、小売の人間ではなかった。

世界的コンサルティング会社、マッキンゼー出身。

海外MBAを持ち、戦略と数字の世界で生きてきた男である。

コンサルタントとして、PPIHと関わっていた。

その吉田のもとに、安田から電話がかかってくるようになる。

一度ではない。毎晩のように、だ。

うちに来てほしい。

吉田は後に、この誘いの電話に「根負けした」と語っている。

2007年、吉田はPPIHに入社。米国子会社の社長として、キャリアを始めた。

現場の天才は、自分と正反対の男を、諦めずに口説き続けた。

自分にない能力が、会社の未来に必要だと分かっていたからだ。

 

 現場を知らない男の、持ち場

売り場ではなく、仕組みを見る

 入社した吉田が担ったのは、売り場ではなかった。

海外事業。M&A。グループの戦略立案。

海外事業本部長や会長室長を歴任し、2012年に取締役、2013年に専務取締役へ。

2018年には、代表取締役専務兼CAOに就いた。

吉田自身、自分の立ち位置をこう語っている。

「私の経歴は、当社で主流の人たちから見れば、相いれません」。

お客様と接してきたわけではない。

売り場で儲けてきたわけでもない。

だが、だからこそ見えるものがあった。

現場の天才たちが感覚で回してきた会社を、外の目で見る。

それが、吉田の持ち場だった。

 

 

現場に、任せる会社

創業者は、自分の権限を捨てた

安田の経営思想は、権限委譲に貫かれている。

現場が判断する。現場が変える。

その思想は一冊の企業理念にまとめられ、全社員に配布されている。

その中の、次世代リーダーの心得にこうある。

 

「自分の権限を自身で剥奪し、部下に与える」。

 言葉だけではない。

安田は2015年6月、会長兼CEOを自ら勇退した。

創業会長兼最高顧問として拠点をシンガポールへ移し、日本産品専門の「DON DON DONKI」をゼロから立ち上げる。

創業者が、まず自分の権限を手放してみせた。

『権限委譲』とは、仕事を渡すことではない。

自分がいなくても、組織が判断できる状態をつくることだ。

 

 

感覚の会社に、仕組みを入れた

予算管理のなかった、2兆円企業

 2019年9月。

吉田は、PPIHの社長CEOに就任する。

現場経験のない、コンサルタント出身の社長。

その吉田が持ち込んだものの一つが、予算管理だった。

驚くべきことに、創業以来、この会社には予算管理という考え方がなかったと吉田は語っている。

店が増えれば、売上も利益も伸びる。

その段階では、それでよかった。

だが、事業は増え、規模は変わった。

吉田は事業ごと、店舗ごと、商品ごとに投下資本利益率で収益を見る仕組みを入れていく。

2019年に完全子会社化したユニーのてこ入れ。

東南アジアへの出店拡大。

安田の感覚が生んだ会社を、感覚がなくても回る会社へ。

トップの天才性を、組織の再現性に変える。

それが、この右腕の仕事だった。

 

 

右腕も、権限を手放した

教えは、自分にも適用される

 2025年3月。吉田は、社長退任を発表した。

2025年6月期は、36期連続の増収・営業増益となる見通し。

時価総額は約2.6兆円と、国内小売でも屈指の水準に達していた。

業績は絶好調。それでも、退く。

自分の権限を自身で剥奪し、部下に与える。

創業者が実践した教えを、右腕もまた、自分に適用した。

退任会見で、吉田は涙を見せたと報じられている。

現場を知らなかった男は、誰よりもこの会社の思想を体現して、去った。

 

 

18坪は、続く仕組みになった

天才の感覚より、残る組織を

 2024年6月期。

PPIHの売上高は2兆951億円。

国内外の総店舗数は742店。

1号店の開店以来、増収増益を続けている。

18坪から始まった店は、創業者が退き、右腕が退いた後も、成長を続けている。

創業者にとって、本当に難しいのは会社を大きくすることではない。

自分がいなくなった後も、会社が前に進む状態をつくることだ。

安田が、現場に任せる思想を残した。

吉田が、その思想を仕組みに変えた。

そして二人とも、その仕組みに従って去った。

右腕とは、トップの感覚を、トップがいなくても続く仕組みに変える人間のことだ。