【小室哲哉】ヒット曲すべてを、任された男
眠らない現場を、回し続けた ―小室哲哉の『音楽』を『現場』で成立させた右腕・佐野健二
1998年3月31日。
globeの3rdアルバム『Love again』が発売された。
アルバムわずか3作で、累計売上は1,000万枚を突破。
デビューから史上最短の記録だった。
中心にいたのは、もちろん小室哲哉。
だが、その音楽が完成する現場には、もう一人の男がいた。
佐野健二。
『小室哲哉の右腕』と呼ばれた、ミュージックディレクターである。
小室哲哉は、音楽そのものを作った
一人のプロデューサーが、時代を塗り替えた
小室哲哉は、作曲家だった。
編曲家だった。
キーボーディストだった。
そして、プロデューサーだった。
1983年にTM NETWORKを結成。
1990年代に入ると、プロデューサーとして本格的に存在感を増していく。
trf。
篠原涼子。
華原朋美。
安室奈美恵。
globe。
手がけたアーティストが次々とミリオンヒットを記録し、『小室ファミリー』と呼ばれる現象を生んだ。
小室の強さは、音楽そのものを作ることだった。
新しい音を考える。
曲を書く。
アーティストの魅力を引き出す。
そして、次の作品へ進む。
だが、仕事が増えれば増えるほど、別の問題が生まれる。
音楽は、一人では完成しない。
リハーサルがある。
レコーディングがある。
アーティストとの調整がある。
ライブがある。
そのすべてを、小室一人で抱えることはできなかった。
ハワイから来た、キャプテン
ビートルズに撃たれた少年
佐野健二は、1955年、兵庫県生まれ。
アメリカンスクールで育ち、10歳でビートルズに衝撃を受けたと本人が語っている。
大学入学を機に渡米し、ロサンゼルスを拠点に音楽活動を続けた。
1983年、ハワイの人気バンド、Kalapanaに加入。
翌年の来日公演で、凱旋帰国を果たす。
これをきっかけに、日本での仕事も広がっていった。
1988年には、角松敏生と共同で中山美穂のアルバムをプロデュース。
海外仕込みの音楽性と、現場をまとめる人柄。
のちに周囲から『キャプテン』の愛称で呼ばれる男である。
安室が、二人をつないだ
何もかも、任され始めた日
1990年代半ば。
佐野は安室奈美恵のライブを見て、その歌唱力に強い可能性を感じたという。
その後、小室がロサンゼルスで安室をプロデュースすることになり、佐野も現場に入る。
さらに、globeの仕事も重なった。
そこで、佐野の役割は一気に広がっていく。
本人は、当時をこう振り返っている。
「そこからですよ、何もかも任され始めたのは」。
小室哲哉との仕事の、本当の始まりだった。
眠らない現場
睡眠3時間、二つの現場を回す
佐野に任された仕事は、一つではなかった。
安室奈美恵のツアーリハーサル。
globeのレコーディング。
KEIKOのボーカルディレクション。
MARC PANTHERのラップの作詞。
さらに音源制作と、ライブ。
本人のインタビューによれば、安室のリハーサルを終え、そのままglobeのレコーディングへ向かい、3〜4時間だけ眠ってまたリハーサルへ戻る日々だったという。
佐野は、単にベースを弾く人ではなかった。
アーティストと向き合う。
音を確認する。
リハーサルを進める。
レコーディングを成立させる。
小室が、音楽の方向を決める。
佐野が、その方向へ現場を動かす。
経営に置き換えるなら、『トップの決定を現場で成立させる』役割だ。
トップが、すべての現場に立つ必要はない。
むしろ、立たなくても同じ方向へ進む現場をつくる。
それが、右腕の仕事になる。
『小室サウンド』の裏側には、人がいた
記録の裏の、無名の仕事
1995年8月9日、globeが「Feel Like dance」でデビューする。
1996年発売の1stアルバム『globe』は、当時の日本記録となる売上を打ち立てた。
1997年3月には、日本初の4大ドームツアーを成功させる。
そして1998年、3rdアルバム『Love again』までのアルバム3作で、累計売上1,000万枚を史上最短で突破した。
小室哲哉の名前は、誰もが知っていた。
だが、音楽を作る現場には、当然ながら小室以外の人間もいる。
ミュージシャン。
エンジニア。
スタッフ。
そして、佐野。
小室が生み出した音楽を、アーティストとスタッフの間で成立させる。
それが、佐野の仕事だった。
『小室哲哉の右腕』と呼ばれるようになった理由も、そこにある。
右腕は、トップと同じ才能を持つ必要はない
才能の分業
小室と佐野は、同じ仕事をしていない。
小室は、音楽そのものを生み出す。
佐野は、音楽が生まれる現場を支える。
小室が次の曲を考えている間に、佐野はリハーサルを進める。
小室がプロデュースする間に、佐野はアーティストと向き合う。
この役割分担があるから、トップはトップにしかできない仕事に集中できる。
これは、会社でも同じだ。
経営者が営業も採用も現場管理も全部やっていたら、次の戦略を考える時間がなくなる。
右腕は、トップの仕事を奪う人ではない。
トップにしかできない仕事を残すために、自分が引き受けられる仕事を引き受ける。
小室の隣から、次の現場へ
キャプテンは、現場を離れない
佐野のキャリアは、小室との仕事だけで終わらなかった。
1996年から、globeと安室奈美恵のミュージックディレクターを務める。
安室のツアーでは、約11年間にわたってベーシスト兼バンドマスターとして活動した。
2001年には、矢沢永吉のツアーに参加。
2004年にはEXILEと出会い、ミュージックディレクターとしてレコーディングやライブに深く関わっていく。
一人のトップに仕えるだけで、終わらなかった。
小室の現場で培った経験を、次のアーティストの現場へ持っていった。
小室哲哉が作った、90年代の音楽シーン。
その裏側には、音楽そのものを作る人間だけでなく、それを現場で成立させる人間がいた。
佐野健二は、その一人だった。
小室が、『音楽』を生み出した。
佐野が、それを『現場』で成立させた。
トップの才能を、現場の力へ変える。
右腕とは、トップが描いたものを、現場で成立させる人間のことだ。
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