宮崎駿の妄想を商品に着地させた右腕・鈴木敏夫

「良いものを作れば、売れる」

それは、クリエイターの美しい理想だ。

だが、現実は違う。

良いものは、完成しなければゴミであり、知られなければ存在しないのと同じだ。

アニメーション映画の巨匠・宮崎駿。

その圧倒的な才能の横で、彼を神様にせず、あくまで人間として社会と戦わせ続けた男がいる。

スタジオジブリ・プロデューサー、鈴木敏夫だ。

トップの没入

宮崎駿は、作りながら物語を変える。

当初の予定など守らない。コンテは遅れ、予算は膨らみ、スタッフは疲弊する。

映画を作るという目的のために、彼は悪魔になれる。

彼は嘘をついているわけではない。彼の頭の中にある理想が、現実のスケジュールや予算よりも常に巨大すぎるだけだ。

放っておけば、作品は永遠に完成せず、会社は破産する。

右腕は、天才に騙されない

鈴木の仕事は、宮崎の「妄想」を納期と予算という現実の檻に閉じ込めることだった。

鈴木はよくこう口にする。

「宮崎駿に騙されてはいけない」

彼は、宮崎の言葉(夢)をそのまま受け取らない。

スケジュールの逆算:公開日から逆算し、絶対に遅らせられないデッドラインを引く。 

タイトルの決定:宮崎の案を却下し、『もののけ姫』のように大衆に刺さる言葉へ書き換える。 

宣伝という戦争:作品の高尚なテーマを、世俗的な話題へと翻訳してブームを作る。

宮崎が「空」を飛ぶ夢を見ている間に、鈴木は「地上」で泥まみれになりながらチケットを売る準備をする。

聖域を守るための、不可侵条約

二人の関係には、奇妙なルールがあった。

鈴木は、宮崎の絵(聖域)には一切口を出さない。 その代わり、宮崎にも、カネと宣伝(ビジネス)には一切口を出させない。

互いの領分を侵さないという、ある種冷たいルール。

これこそが、トップの才能を最大限に暴れさせ、かつ組織を崩壊させないための最強の安全装置だった。

宮崎駿というエンジンが焼き切れるほどの熱を出しても、鈴木敏夫という冷却装置が機能している限り、ジブリは走れる。

生存戦略としてのプロデュース

鈴木がやったのは、天才の保護ではない。

天才を、資本主義というリングの上に引きずり出し、勝てる形に整形することだった。

・芸術を、エンターテインメントにする。 

・作家の自己満足を、客の満足に変える。

冷徹な計算がなければ、ジブリ作品はただの高尚な自主制作映画で終わっていただろう。

残ったのは、国民的作家という現実

宮崎駿は、世界的な巨匠となった。

だがそれは、彼一人の力ではない。

その才能を社会に接続し、翻訳し、商品として成立させた右腕がいたからだ。

夢想をつくるのがトップなら、現実をつくるのが右腕。

右腕とは、天才の夢を愛しつつ、その夢をシビアな現実の中で“換金”する覚悟を持った人間のことだ。