ラリー・ペイジの天才を「世界企業」に変えた右腕・エリック・シュミット

砂漠で、面接が行われた。

ネバダ州ブラックロック砂漠。 気温40度。砂嵐。眠れない夜。 バーニングマンと呼ばれる、シリコンバレーの奇祭。

2001年、グーグルのCEO候補は、ここで試された。

ペイジ、ブリン、二人の創業者は、最終候補のCEOにこう問うていた。 「あなたは、バーニングマンに行ったことがあるか」

ほぼ全員が、行ったことがなかった。 ただ一人を除いて。

エリック・シュミット、46歳。 ノヴェル前CEO、UCバークレーのコンピューターサイエンス博士。

「エリックは、唯一バーニングマンに行ったことがある男だった。それが、重要な基準だった」 セルゲイ・ブリンは、後にそう証言している。

世界最大の検索企業の歴史は、こんな常識外れの面接から始まっている。

トップは、若すぎた

ラリー・ペイジ、28歳。 セルゲイ・ブリン、27歳。

PageRankという革命的アルゴリズムで、検索を変えた。 1日5億クエリ。 シリコンバレー史上最速の急成長。

だが、二人には経営経験がなかった。

社員数は数百人を超えていた。 売上は1.5億ドルに達していた。 IPOは目前だった。

「このままでは、会社は走り切れない」 投資家ジョン・ドーアは、そう感じていた。

天才は、自分の限界に気づかない。 気づいたときには、もう遅い。

右腕は、「父親役」を引き受ける

ドーアは、数ヶ月かけてCEO候補を探した。 何人もの優秀な経営者が、2人に会いに行った。

そのほとんどが、拒否された。

2人は、自分たちの会社を、ただの大企業に変える人間を望まなかった。 だが、自分たちを成長させてくれる人間は、必要だった。

矛盾した条件。 それを満たした唯一の男が、シュミットだった。

シュミットは、後にこう語っている。

「私は彼らを”少年たち”として扱っていた。敬意を持って、しかしほとんど父親のように」

“Adult Supervision”、大人の監視役。 シリコンバレーで、シュミットの役割は、こう呼ばれた。

CEOが、給料1ドルで働いた

シュミットがやったのは、天才の否定ではない。

彼は、二人の直感を尊重した。 そして、二人ができないことだけを、引き受けた。

・取締役会との折衝 ・Wall Streetとの対話 ・上場企業として必要なガバナンス ・営業組織のマネジメント

入社時の年俸は$250,000だった。 だが2004年、IPOの年に、シュミットは自ら給料を1ドルに変更した。

「会社の成長と、自分の利害を完全に一致させる」 そういう意思表示だった。

CEOが1ドルで働く。 それは、ペイジ、ブリンへの最大の信頼表明でもあった。

1.5億ドルが、660億ドルになった

2004年8月19日。 グーグルはNASDAQに上場した。 時価総額230億ドル。

ペイジは、プロダクト担当社長。 

ブリンは、テクノロジー担当社長。 

シュミットは、CEO。

三頭体制(Triumvirate)と呼ばれた、奇妙なリーダーシップ。

通常なら、こんな構造は機能しない。 権限が分散し、意思決定が遅れる。 だがこの3人だけは、機能した。

シュミットがCEOを務めた10年間で、 グーグルの売上は1.5億ドルから660億ドルへ。

400倍以上の成長。

その間、こんな話がある。

ある日、ブリンが新しい広告システムのアイデアを持ってきた。 シュミットは百万ドルの予算上限を承認した。

「彼は戻ってきて、$1.5M使ったと報告した」とシュミットは語る。 創業者の暴走。「だが、その$1.5Mが、$10Bのビジネスになった」

日本円で1.5兆。これがAdSense。 グーグル広告の柱の一つだ。投資の6,000倍以上の価値を生んだ。

シュミットは、創業者の予算オーバーを叱らなかった。 彼が学んだのは、こういうことだった。

「ペイジ、ブリンの直感を、簡単に否定しないこと」

引き際を、知っていた

2011年。 シュミットはCEOを退いた。 ペイジ、38歳。彼が、CEOの座に戻った。

シュミットは、後にこう語っている。

「ある日、戦略について大きな議論をしていた時、気づいた。彼らはもう”少年たち”ではない。世界で最も困難な経営課題を経験し、解決してきた、大人の男たちだ」

大人の監視役は、いつかいらなくなる。 それを認められる人間こそが、本物の大人だ。

シュミットは、会長に退いた。 そして10年後、取締役からも退任した。

大人を、引き受けるという仕事

シュミットがやったのは、何だったのか。

・天才を否定せず、規律だけを入れた ・自分の経験を押し付けず、彼らの直感を信じた ・大人が必要な期間だけ、大人をやった ・彼らが自立した瞬間、静かに退いた

天才には、保護者が要る。 だが、保護者は、いつか退かなければならない。

前進をつくるのがトップ。 規律を作り、退き際を見極めるのが右腕。

右腕とは、 天才の隣で「大人」を引き受け、天才が成熟したら静かに退ける人間のことだ。