【スティーブ・ジョブズ】「Apple」を世界中に届けた男
天才の隣で、現実を回し続けた ―ジョブズの『革新』を『世界規模の事業』に変えた右腕・ティム・クック
天才の隣にいたのは、天才ではなかった。
スティーブ・ジョブズが最後に会社を託した男は、一つの製品も発明していない。
iMacも、iPodも、iPhoneも、彼の作品ではない。
それでもジョブズは、後継者の欄にこの男の名前を書いた。
ティム・クック。
ジョブズの『革新』を『世界規模の事業』に変えた右腕である。
なぜ天才は、製品を作らない男に会社を託したのか。
五分で、人生を賭けた男
倒産寸前の会社への転職
1998年。
ティム・クックは、キャリアの絶頂にいた。
IBMで12年。
その後、Compaqで資材担当バイスプレジデント。
当時のCompaqは、世界最大級のPCメーカーだった。
一方のAppleは、倒産寸前と言われていた。
前年には、同業デルのCEOに「私なら会社を畳んで、株主に金を返す」とまで言われた会社である。
誰もが、転職に反対した。
だが、クックは移った。
後にクックは、母校の卒業式でこう語っている。
「ジョブズとの面接が始まって五分もしないうちに、慎重さも論理も捨てて、Appleに入りたくなった」。
論理では、説明できない決断だった。
だが、この直感がAppleの歴史を変えることになる。
ジョブズは、『何を作るか』を決めた
理想から逆算する男
1996年末、ジョブズはAppleに復帰していた。
翌1997年、経営のトップに立つ。
最初に取り組んだのは、複雑になっていた製品ラインの整理だった。
何を作るか。
何を作らないか。
そこからAppleを立て直した。
1998年、iMac。
2001年、iPod。
2007年、iPhone。
2010年、iPad。
次々に、新しい製品を送り出す。
ジョブズが見ていたのは、製品の未来だった。
こんなものを作る。
こんな体験を届ける。
技術からではなく、理想から逆算する。
だが、理想だけでは製品は世界に届かない。
部品がいる。
工場がいる。
販売網がいる。
物流がいる。
そして、世界中のサプライヤーを動かす必要がある。
ジョブズが『何を作るか』に集中するほど、別の人間が『どう届けるか』を担う必要があった。
在庫は、悪だ
工場を持たない製造業へ
入社したクックが最初に手をつけたのは、華やかな仕事ではなかった。
在庫だった。
クックの信条として、有名な言葉が伝えられている。
「在庫は、根本的に悪だ」。
在庫は乳製品のように扱え。
鮮度が落ちれば、価値も落ちる。
クックは世界中の自社工場や倉庫を閉じ、生産を委託方式へと切り替えていった。
結果、数ヶ月分あった在庫は、わずか数日分にまで圧縮された。
派手さはない。
発表会の舞台にも立たない。
だが、この見えない改革がなければ、iPodもiPhoneも世界中に行き渡ることはなかった。
なぜ、まだここにいる
静かな男の、苛烈さ
入社して間もない頃の、有名な逸話がある。
中国の生産拠点で、問題が起きた。
会議でクックは言った。
「これは本当にまずい。誰かが中国に行って、直接動かすべきだ」。
30分後。
クックは同席していた担当幹部を見て、感情のない声で静かに言ったという。
「なぜ、君はまだここにいるんだ?」。
幹部は立ち上がり、そのまま空港へ向かった。
着替えも持たず、帰りの便も決めないまま、中国行きの飛行機に乗ったと伝えられる。
クックは、声を荒げない。
穏やかで、物静かな男だ。
だが、実行への要求は苛烈だった。
ジョブズが製品に妥協しなかったように、クックは実行に妥協しなかった。
右腕は、責任を広げ続けた
13年かけて、会社の日常を担うまで
クックの持ち場は、少しずつ広がっていく。
2002年、ワールドワイドセールス&オペレーション担当EVP。
2004年、Macintosh部門も担当。
2005年、COOに就任する。
ジョブズの直属だった。
サプライチェーン。
サプライヤーとの関係。
販売、サービス、サポート。
製品を作った後に必要になる仕事を、一つずつ引き受けた。
ジョブズが、製品を見る。
クックが、その製品が届くまでを見る。
経営者向けに翻訳すれば、これは『決定を実行可能にする仕事』だ。
トップが未来を決める。
右腕が、その未来を現実にする。
ジョブズがアクセルなら、クックはブレーキ。
ただし、止めるためのブレーキではない。
曲がるため。
壊さないため。
目的地まで走り切るためのブレーキだった。
三度、会社を預かった
代役ではなく、証明
2004年。
ジョブズが手術のため戦列を離れた間、日々の指揮を執ったのはクックだった。
2009年。
約半年間の療養休暇。
このときも、日々の経営を任されたのはクックだった。
そして2011年1月17日。
ジョブズは、全社員にメールを送る。
「I have asked Tim Cook to be responsible for all of Apple’s day to day operations.」
ティム・クックに、Appleの日々のオペレーションを任せる。
三度目だった。
突然決まった代役ではない。
13年かけて信頼を積み上げた男に、三度、会社は預けられた。
ジョブズがいなくても、Appleは動く。
それを証明し続けた13年だった。
肝臓を、差し出した男
会社のためではなく、友のために
時計の針を、少し戻す。
2009年。
ジョブズの病状は、深刻だった。
肝臓の移植が必要だった。
このときクックは、自らの血液を検査させている。
ジョブズと同じ、珍しい血液型だと分かった。
クックは、申し出た。
自分の肝臓の一部を、移植してほしい。
ジョブズは、遮るように拒んだと伝えられる。
「絶対に、それはさせない」。
自分のために右腕が身を削ることを、ジョブズは怒るように拒絶した。
二人の関係は、CEOとCOOという肩書きだけでは説明できない。
クックが支えていたのは、Appleという会社だけではなかった。
スティーブ・ジョブズという、一人の人間だった。
そして、会社を託した
後継者の名前
2011年8月24日。
ジョブズは、CEOを辞任する。
その手紙に、後継者の名前を書いた。
「I strongly recommend that we execute our succession plan and name Tim Cook as CEO of Apple.」
後継CEOとして、ティム・クックを強く推薦する。
ジョブズ自身の言葉だった。
クックは、ジョブズのコピーではない。
カリスマでも、発明家でもない。
それでも、会社を託された。
ジョブズが作ったものを、世界規模で動かし続けてきた実績。
そして、会社とジョブズ本人を支え続けた13年。
その全てが、手紙の一行に込められていた。
42日後の10月5日、ジョブズは亡くなる。
Appleの舵は、すでにクックの手にあった。
天才の会社を、次の時代へ
トップの代わりではなく
もちろん、Appleを支えたのはクック一人ではない。
エンジニアがいる。
デザイナーがいる。
社員がいて、サプライヤーがいて、世界中の販売網がある。
だから、Appleの成長をクック一人の功績にはできない。
それでも、ジョブズが自分の後継者としてクックを選んだ事実は残る。
ジョブズは、製品を残した。
クックは、その製品が世界へ届く仕組みを残した。
トップは、未来を描く。
右腕は、その未来が現実になる環境をつくる。
ジョブズがAppleの『革新』を生んだ。
クックが、それを『世界規模の事業』として成立させた。
右腕とは、トップの代わりになる人間ではない。
トップとは違う強みで、組織が未来へ進み続けられる状態をつくる人間のことだ。
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