粗い石を、現場に削り落とす翻訳術。

「監督ではなく、コーチばかり見ていた」

高校球児だった頃から、徳田の視線は『主役』ではない場所にあった。社長の隣に立つ、その人。カメラから外れた、その人。

理学療法士として病院で重症患者と向き合ってきた青年が、大学時代の友人・松尾代表が掲げた『2028年12月31日23時59分までに100店舗』という旗の下に合流したのは、2024年3月。本記事では、副代表・徳田が編み出した『粗い石を、現場に削り落とす』翻訳術と、対話の不在に気づくまでの半年間の現在地に迫る。

コーチに目がいく男──野球時代から、徳田が見ていたもの

徳田は元高校球児。ポジションはピッチャーだった。島根の高校時代、PL学園出身の監督に強烈な印象を残された。

「全然うまくなかった僕に、ずっと付きっきりで教えてくれた人がいた。監督じゃなくて、その横にいたコーチです。なぜわざわざ大阪のPLから島根の田舎に来てるんだろうって、ずっと考えていた」。

以来、徳田氏の視線は『主役の隣』に留まり続けた。社長の動画を観ても、つい撮影者の方が気になる。インタビュー動画を観ても、聞き手の存在に目がいく。

「僕は社長には向いてないかな、って思う」。

理学療法士の国家資格を取り、2017年に病院へ。重症患者を担当し、コロナ禍の最前線にも立った。同じく理学療法士として大学時代を過ごした友人・松尾とは、卒業後もグループの一人として、たまに食事に行く程度の距離感だった。

焼肉の夜の決断──100店舗構想に賭けた、3ヶ月で辞めた病院

2023年4月、松尾が大阪・本町に『つぼみや』本町店を開業。徳田氏は週1回ペースで応援に通い始める。同じ大学の友人4人のうち、続いたのは徳田だった。

「他の3人は松尾と仲が良すぎて、仕事の関係に切り替えられなかった。みんな友達みたいになって離れていった。僕は仲良くないので、割り切って淡々と仕事ができる。逆に松尾からすると『なんでこいつ仲良くないのにこんなやってくれるんだ』ってなったみたいで」。

そして2024年1月、堺筋本町店オープンを目前にした松尾から、高い焼肉に連れて行かれた。

「もう1店舗やるから、来てほしい」。

当時、徳田は別の道を歩もうとしていた。一度病院を辞め、訪問看護のフランチャイズで独立する準備を進めていたのだ。だが、それは断念せざるを得ない事情で頓挫。3〜4ヶ月だけ働いた訪問リハビリの仕事を辞めて『つぼみや』に合流するのは、紹介してくれた人への申し訳なさも含めて、相当に重い決断だった。

それでも、徳田は松尾の言葉に賭けた。

「2028年12月31日23時59分までに、100店舗にする」。

「実現可能かどうかは、難しいって分かってます。でも、その言葉どうこうじゃなくて、ここを目標にするやり方とプロセスが、面白いやんって。ここで失敗する未来は、見ていなかった」。

飛び出していった、初めての社員──1年間メンタルを削った、対話の不在

合流当初、現場に仕組みは何もなかった。マニュアルも、予約管理の手順も、クロージングの基準も、松尾氏の頭の中にあるだけ。徳田氏が病院から持ち込んだ『型を作る癖』が、ようやく入った瞬間だった。

だが、人の問題が一番しんどかった。

「正社員として入った子が、1週間ぐらいでバーンと文句を言って、部屋から飛び出してそのまま辞めていった。正社員と業務委託で優先順位が違うはずなのに、僕らはそれを一緒くたにして、ルールを引いていなかった」。

辞めて、入って、辞めて、入って。アルバイト・業務委託・正社員が入り混じる現場で、ルールの不在は分裂を生んだ。我を出したい人、自分のやり方でやりたい人、不満を抱えた人。徳田は空き時間にパソコンに向かい、施術が入れば現場に出る、という日々を送っていた。

「人がこんなにまとまらないのに、なぜ俺の言うことを聞かないんだ」。

徳田のメンタルが限界に近づいたのは、2024年10月頃。合流から半年だった。

「メンタルが弱いとかではないんですけど、本当にきつかった。意味がわからなかった。でも気づいたんです。僕は人と対応しようっていう気が、あんまりなかったって」。

業務優先で、人と向き合うことを後回しにしていた。自分の考えを一方的に押し出していた。スタッフの目線で物事を見ていなかった。──それが離職の本当の原因だと、辞めた人を見送ってからようやく気づいた。

そこから徳田は、一対一の対話を意識的に増やした。面談という形式にこだわらず、「ちょっと話しません?」と声をかける。一対一になると、本音が出やすい。その言葉から「この人は今こう考えているんだろうな」と推測する習慣がついた。早期離職は減り、定着率は明確に上がった。

粗い石を、現場に削り落とす──病院で培った、プロセス設計力という翻訳機

徳田が自身の強みを言葉にできたのは、つぼみやに来てからだった。

「松尾はアバウトに『あれやりたい、これやりたい』って言ってくる。粗削りの石が、こっちに飛んでくる感じです。それを現場に落とし込めるサイズまで削るのが、僕の仕事です」。

この翻訳力の源泉は、病院時代にあった。重症患者のリハビリでは、最終ゴールから逆算して、今日はこれ、明日はこれ、来週はここ、と段階的なプロセスを組み立てるしかない。それが仕事だった。

「プロセスを立てるのは、意識せずにできていた」。

もう一つの強みは、『自分に固執しない』こと。

「自分の考えが正しいか正しくないかより、結果として正しい形に出せれば、それでいい。社長は自分の意思を強く持つ人が多い。僕はそこに固執しない。だから、松尾とうまくやれているんだと思います」。

代表・松尾は意思決定と行動が速い。徳田はその構想を現場で動く形に翻訳する。両者は性格も嗜好も合わない。だが、合わないからこそ、補完できる。

「S極とN極みたいに、合わないからこそ一緒にやれる」。

ナンバーツーは、選んでなれない──副代表が、自分のいない現場をつくる理由

いま、徳田が向き合っている最大の課題は、属人化からの脱却だ。

「リラクゼーション業界は、属人性が出やすい。資格を持っている人や、女性スタッフのほうが入りやすい場面もある。でも、誰か一人が強いだけでは、事業は広がらない。仕組みでみんなが動ける現場をつくらないと、店舗を増やせない」。

『つぼみや』のブランドは、『五感を癒すおもてなし』。高級旅館をイメージした個室、専用パウダールーム、施術後のお茶。理学療法士の知見に基づく『表層筋柔圧法』と『深層筋伸張法』。空間と技術と人。この3つの一貫性を、3店舗から100店舗まで保つには、徳田自身が現場から抜ける必要がある。

「松尾はフロント活動を強化していく。僕も現場にずっといるわけにはいかない。フランチャイズを始める時には、僕が現場を離れる前提です。僕に依存している店舗を作っているうちは、僕は変わらないといけない」。

最後に、これから右腕になっていく後輩たちへ、徳田はこう語った。

「ナンバーワンは、自分でやると決めれば誰でもなれる。でも、ナンバーツーは自分では選んでなれない。社長一人に対して、ナンバーツーは一人しかいない。それぐらいすごいことです」。

「熱を注げると思ったところに、自分の熱を全部、注いでください」。

だから今日も徳田は、3店舗を回り、現場で施術に入り、空き時間にパソコンに向かう。スタッフ一人ひとりに「ちょっと話しません?」と声をかける。粗削りの石が松尾から飛んできたら、それを削って、現場に落とす。

もしいま、あなたが社長の右腕として、「自分はトップと同じ景色を見ていいのか」と迷っているなら──徳田はこう言うはずだ。

「同じ熱量で進めない相手とは、組まなくていい」。

編集後記

徳田氏に取材していると、何度も「松尾は嫌いです、好きじゃない」と笑いながら口にしていた。共同経営する代表に対して、ここまで率直に『合わない』と言える副代表は珍しい。だが、合わないからこそ補完できるという認識が、徳田氏のなかでは確信に変わっている。

『つぼみや』の店内は、五感を癒すおもてなしの世界観で統一されている。その世界観を3店舗から100店舗へとスケールさせるためには、属人性の高いリラクゼーション業界に『仕組み』を持ち込まなければならない。徳田氏が病院で身につけたプロセス設計力は、まさにそのために存在する翻訳機なのかもしれない。