「工場長になるために、仕事を頑張ったわけじゃないんです」
町工場の一隅で
夜が近づくと、外灯だけが静かに工場の輪郭を照らす。工場内に入ると、鉄と油の混じったにおいがする。
「このにおいをかぐと、背筋が伸びる思いがするんです」。そう語るのは井上武則、48歳。二葉産業の工場長であり、社長の右腕として現場の納期と品質を守る中核である。
挫折から学んだこと
井上の職歴はサラリーマン。そして起業し、順調に経営していたがリーマン・ショックのあおりを受けて約20名の会社を畳んだ。その後派遣や短期の仕事を経て、豊中市主催の就職説明会で二葉産業の現会長に出会う。会長から誘われ、後日工場へ足を運んだ際に見た職人たちの背中、その働きぶりに目を奪われて、その場で入社することを決めた。彼の胸奥の火は再び燃えた。
新しい職場で働いていた井上だが、しばらくして挫折を味わうこととなる。
旋盤部門への異動である。それまで担当していた部署は、前職の内容と通じることもあり一定の成果を感じていたが、旋盤の世界は別物だった。ほとんど触ったことがない機械、これまでの経験が活かせない加工。困惑しながら見よう見まねで機械に触れた。
指導してくれる先輩の言っていることが理解しきれず、井上は日に日に焦燥感と不安に苛まれていった。そしてとうとう「辞めます」と口にした。旋盤に配属されてから2か月目のことであった。彼はただ、追い詰められていた。自分に旋盤はできない、と思った。そう思い込んでいた。
しかし、そんな彼に転機が訪れた。井上の様子を見かねた現社長が、外部教育機関であるポリテクセンターの旋盤講習への受講を勧めてきたのだ。そこでの経験が、彼の視界を一変させた。
ここでイチから学び直せば、きっと自分も自信を取り戻して頑張れる。そう思って通い始めた講習だったが、初日から講師が何を言っているのか分からなかった。少しは旋盤に触れてきたはずだがなぜだかまったく分からなかった。
ここまで自分には力がないのか、と更に自信をなくしそうになったものの、これが最後のチャンスだと自分に言い聞かせ死に物狂いで学んだ。講習の時間で理解しきれなかった内容は、家に帰ってから休む間も惜しみ復習した。なんとか2週間の講習を終えた井上の手元には修了証が届いたが、そこには『応用編コース』と記載されていた。井上は、『初級編コース』を受講しているつもりだった。
しかし、申し込み時の社長の手違いで、自分のレベルよりはるかに高度な技術を学ぶ、応用編コースに知らぬ間に放り込まれていたのだ。それを知った当時は社長を憎んだが、今となっては笑い話だという。なぜなら結果的に講習で得た技術以上に、まず一歩踏み出し、がむしゃらに努力をすれば人は成長できるんだ、ということを学べたからである。
「講習期間は一番苦しかったが、応用編コースを学んだことで糧になった。それで今、頑張れている」と井上は言う。未だに仕事で大変なことがあっても、その時の苦労よりはマシと感じると同時に、今目の前にある困難からは何を学べるだろうか、という心構えを持てるようになった。
そして継承へ
「ボーリングはお前にしかできひんから、学んでくれ」
今も現役の77歳の大先輩から、そう頼まれた。
前工場長が急逝したときだった。前工場長の担当していたボーリング加工(※横型フライス盤を用いて行なう加工の一種)を引き継げる者がいなかった。
それは井上しかいないと大先輩は見込んだ。それから井上はボーリングの技術を社内で教わりつつも、休みの日にも大先輩の自宅に行って徹底的に学んだ。自分を見込んでくれた信頼を無下にはできない。彼からはそういった義理堅さを感じる。しかし彼は、「とにかく自分は心配性なので」と謙遜して笑うのみだ。
いよいよ井上を工場長に、と社内から促されたときも、「自信がなかった」と振り返る。腕も周囲の信頼も確かな人物だが、決して前に出ない職人気質のつつましさがある。
結局「お前しかおれへんがな」と周囲に押されて、4年前に辞令を受けた。
育成とは「みんなで成長すること」
今、井上はバトンを受け取り、若手を育成している。人を育てることは、工場長の彼にとって仕事の核心だ。
若手にはまず井上自身がやってみせて、学ばせるという形をとっている。
彼は失敗を咎めるのではなく、失敗を学ぶ機会に変える文化を確立したいと考えている。手直しが必要なものが出てくれば、どうして不具合が起こったのか、本人が気付けるように一緒になって考えていく。
技術だけでなく、安心して学べる環境を提供することが時間は掛かっても人が成長していくために必要なことだと理解している。そして自分自身の成長も怠らない。
職場で嫌な思いをさせる人が仮にいたとしたら、という問いに、井上は照れくさそうに微笑みながら「嫌な思いをさせる人からも、技術は学んでいこうと思っています」。真摯な姿勢だ。職人らしい泥臭い思考もありつつ、彼は続ける。
「みんな成長していってくれよ、という若手への気持ちもありつつ、自分自身も成長していかなければならない、思っているので自分へ置き換えて考えることも多いです」
どこまで行っても、努力を忘れないのが井上流なのだ。
『できて当たり前』を終わらせにいく
以前の現場には『このくらいできて当たり前』という空気があり、時には先輩から十分に教えてもらうことなく、きつく叱られることで苦労した経験が井上にはあった。自分が工場長として働くにあたり、今の現場では丁寧に教えながら『みんなで楽しく仕事を出来たら』という思いを第一に行動している。楽しく働けるようになるためには、困難を前にしたとき本人が必死に努力をして乗り越えることも必要だとわかっているので、そのバランスを上手に伝えられているかが日々悩まされるところだという。職人をどう育てるかだけでなく、一人の人間としてどう成長していってもらうかを常に考えている。「長所は面倒見が良いところ、短所は面倒見が良すぎるところ」と周りから評されている井上らしい悩みである。
突破口は、時に『外』にある
工場長として求められるのは、育成のほかに現場の運用・管理能力だ。ここでもやはり人が重要だという。現場は5人という少数精鋭で回るため、一人の不手際が即座に全体の流れを滞らせる。 井上はその現実の怖さを肌で感じている。それ故、一人ひとりの職人の得手不得手を把握し、誰がどの機械で、どの工程を担当すれば最も効率が上がるのかを常に考えている。
業務の中で問題を抱えた場合、機会があれば他の会社へ学びに行く選択肢もあると井上は考える。ひとつの場所にとどまったり、部屋に閉じこもって考えたりするばかりでは、技術は膠着してしまう。知らず知らずのうちに突破口を自ら失っていくことにもなりかねない。
ひとつのところに執着せず、ある程度自由に選択の幅を広げるということは、とりも直さず『思考の幅を広げること』でもある。自分の中で考えても出てこない答えは、おそらく外にあるのだ。
井上はそういった視野の広い考え方を大事にし、つてを辿って他の会社の技術や運営方法を視察し、自社に取り入れるなどの工夫もするという。
一隅を照らす
「工場長になるために、仕事を頑張ったわけじゃないんです」
ただ、目の前の仕事を一所懸命に取り組んで、何度も挫折して、乗り越えて今があるだけなのだ。彼にとって、今の地位は小さな成果を積み重ねたうえでのひとつの結果に過ぎない。
「きっと、5年後も工場長をやっているんじゃないでしょうか」と彼は話す。
二葉産業がこれから成長していくための課題が明確に見えており、それを解決していきたいという彼の責任感の表れだろう。
彼は明日も若手のために技術を教え、自分も学び、二葉産業の未来について議論を交わすだろう。『不断の努力』井上の朗らかな物腰の裏には、そんな強い言葉が似合う職人の姿がある。
編集後記
井上さんの姿勢には、まるで撓んでも折れない柳のような力強さがある。それは、取材でも強く感じた。何度も挫折を味わい、その中で獲得してきた無二の経験の集合が彼の仕事の核となっている。そしてつらい経験をしたからこそ、若手に対する正しいあり方を模索することもできる。5年後の2031年にはきっと、より進化した二葉産業が生まれていることだろう。
プロフィール
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