文化やコミュニティ不在の市場は、市場にあらず。

大陸のエリート、日本へ渡る

解は天津外国語大学大学院で日本語を学んだ後、84名の志望者の中からたった一人、東芝中国の総裁室で総裁秘書に選ばれ、配属された。のちにJETプログラムで2014年に沖縄へ派遣され、現地高校で中国語を教える経験を積んだ。

2017年、解は沖縄でインバウンド向けの旅行会社を自ら立ち上げた。SNSを軸にした集客と、日々数十人のチャット対応で得た、顧客ニーズを切り口にしたサービスを事業のコアに据えたが、2020年のコロナ禍でインバウンド需要が急遽失速してしまった。また、私生活では妊娠・出産を経て、実務が滞ることになった。彼女はなんとか復職できないかと思っていたが、コロナの波はそう簡単に引いてはくれなかった。忸怩たる思いで、解は自分のできることをやりながら雌伏の時を過ごしていた。

そして2023年のあるとき、電話があった。Orwood現社長の高橋からだった。

「新しい会社作るから、入らない?」

解は割と簡単に「いいですよ」と了承した。

「不安はほとんどなかったんですよ。高橋となら信頼して、一緒にやっていけると思った」

社長の高橋がもともと起業をすることを知っており、二人で立ち上げたようなものだという。業務は今まで解がやっていたこととそう変わらないと知り、Orwoodの一員として順調な滑り出しをした。

高い視座を持て――プロジェクトのプロフェッショナルとして

しばらくは問題なく業務に従事していた解だったが、課題が徐々に見え始めた。もともと東芝でも自営でも、言わば現場担当であった彼女が直面したのが『視座の高さ』だった。表立って動くよりも現場の運用・進行管理を担い、事業拡大に関わる営業や経営層での判断・提案が求められるようになった。

「経営者や経営層とお話しすることが増え、この現場の仕事をどんどん他のメンバーに分けていって、自分はもっと広い視点で物事を見ないといけないな、と思うようになりました」

営業の場面でも視野の狭さを咎められることがあった。仕事熱心なあまり、その顧客が何を求めているか、会社として顧客の課題をどう解決するか、を見落とし、結果として顧客の真のニーズをこぼしてしまう。顧客がやりたいこと、自社ができることの溝をどのように埋めていくか。実際にその溝を埋められるようになるまで、解はしばらくの時間を要した。

また、超短期の緊急プロジェクト立ち上げが彼女を襲ったこともある。たった2週間で新規プロジェクトを立ち上げる事態が発生したのだ。突然の予告だった。

最初に彼女が行なったのは『逆算』だった。ゴールを明確に定義し、そこから必要な成果物を割り出す。チームメンバーには、誰がどの確認をするのか、誰が作業を進めるのか、外部への渉外、外注が必要な場合はいつまでに、どのように行なうか。期限までのタスクが列挙された。

遅延や障害は即座にエスカレーションされ、代替案が用意される。解はそこに、東芝での秘書業務や旅行会社時代の地道なデータで培った、期限の肌感覚を思い出しながら立ち会った。プレッシャーは常につきまとう。限定されたリソース、未確定の外部判断、初動不確実性。だが彼女とチームは、小さな検証を重ねながら前進した。それから2週間後、なんとか予定通りプロジェクトは立ち上がった。プロジェクトが運用ベースに乗り、彼女たちはほっと胸を撫で下ろした。

Orwoodの喫緊の課題は、大別して2つあると解は考えている。

ひとつは、予測不能なアジアの『潮目』への対応だ。。海外事業は中国本土向けに強みを持つが、中日関係の変動に影響を受けやすい構造を抱えている。解決は地域分散の戦略(台湾・東南アジア・シンガポール等)でリスクを軽減しようとするが、各地域で用いられるプラットフォームや政策が異なり、運用ノウハウは事実上ゼロからのスタートとなる。まずは基礎調査を行い、現地で得意な運用会社と協業しながら運用方法や設計を作り上げるところから始める。

「本当に、別の国で市場を開くというのと同じ感じです」

解はその難しさを、端的な比喩で表す。商品を仕入れて売れば売れるというわけではない。コミュニティという、人の集まる場所や情報が集まる場所という文化から作り、そこで初めてどのような商品が売れるかが分かる。商品の取引ができるのはそこから先の話だ。海外事業もそのような前段階の難しさがある。

もうひとつは、HR(人材エージェント)事業の拡大だ。中国のコミュニティから紹介してもらったり、自らエンジニアなどのコミュニティを作ったりと、人材のプールを作った。今は数百人規模だが、解はそれを数千人まで拡大をしていきたいと考えている。こちらもまた、先程の市場を開く難しさがある。まずは人材のプールが育つまで、場の醸成を根気強く行なっていく必要があるのだ。

ゆくゆくはHR事業を本格的に成長軸へ育て、既存の海外事業と連携させることで売上を拡大できるよう動いている。もっぱら今は、新規事業の立ち上げと既存事業の効率化に取り組んでいる。

山積する課題と、取捨選択

解はOrwoodで、いくつもつらい経験をした。

緊急の受注で現場が対応しきれず、成果が出ないプロジェクトが頓挫した経験がある。短期の売上と長期のどちらを取るかという、二者択一を迫られた。

解の判断は明快だった。自社の目先の利益よりも顧客の利益を優先すること。そんな勇気は、短期的には損害を生むが、信頼の基礎を作り、結果的には自社にも顧客にも利益をもたらすと彼女は信じている。

一方で、社内では海外運用チームが増え、チームを一人で回せる中間管理職が不足している。現場依存は収益拡大の足かせとなりうるため、自分のような人物の育成と権限委譲が彼女の『運用メンバー』として残されたタスクだ。

現場で手を動かすだけでなく、リーダーを育て、次のリーダー候補へどんどん仕事を回すことで組織を強くする。それは、早期に後継者を育て始めることが肝要だ、ということでもある。

近い将来、会社は年間で大幅な売上増加を見込んで、新規事業開拓に視野を絞っている。核となるのは多地域戦略だ。台湾、東南アジア、シンガポール――それぞれが異なるプラットフォーム、異なるルールを持つ舞台だ。

解はそれを『ゼロから学ぶプロセス』と呼ぶ。理論だけで乗り越えられる領域ではない。現地パートナーの評価基準をつくり、ローカル人材を採り、運用ノウハウを得るところからスタートする。彼女のことだ。おそらく次も市場を開くことに成功するだろう。

彼女のいくつもの覚悟の向こうには、隠れた計算がある。

中間管理層が育ち、現場が自立することで、自らはより高い視座に時間を割くことができる。彼女の視界には経営の舵取り、損益計算、長期戦略の設計が映る。アジアの青い海へ、彼女自身も乗り出す時が来ている。

人を見る目、データを見る目

解は人と組織をどちらも大事にする姿勢を崩さない。コロナ禍で失われた事業の経験やSNSで得た顧客データを資産として、そこから学んだ方法論を『組織の資産』へと転換しようとしている。

「人と接すること、勉強することがすごく好き」解はそう自身を語る。

解の軌跡は、現場の実務と経営視点への昇華を並行して進む一人の実務者の物語だ。アジアのグローバルな変動と内部の組織と、両方に対峙しながらも、彼女はその狭間で均衡を保ち、Orwoodという舟の舵を取るのだ。

編集後記

解さんの取材を通して、本物のグローバルとは何かを強く問われたような気がした。日本は少子高齢化社会が進み、日本企業はこぞって海外へ進出しているが、そこで本当に重要となってくるのは何かを考えさせられた。『市場を開く』ことの大変さ、重要さを知っている解さんであれば、Orwoodでこれからも市場を開き、違う海を見続けるだろう。