右腕の仕事とは、トップの意思を汲み、現場が走れる戦略へと翻訳することである。

「トランプか、ケネディか。どっちか選べ」

創業社長である父から迫られた二択が、彼の運命を決めた。水野航平、34歳。株式会社ミズノマリンの専務取締役。業界では『ケネディ』の名で通っている。海外メーカーや顧客と対等に渡り合うため、トップダウンで授けられたその名は、もはや単なるニックネームではない。彼がこの組織で背負う役名だ。

だが、その軽妙な通り名とは裏腹に、彼のキャリアの原点は、熱帯の湿り気と絶望に近い疲労感の中にあった。

月給1/3、成功定義なき海外の戦場

大学卒業後1年目、フィリピンでの日々。そこは、現在の整ったオフィスとは対極にある戦場だった。

現地のエンジンメーカー立ち上げプロジェクト。日本人の上司は一人だけ。あとは全員フィリピン人スタッフ。彼を襲ったのは、単なる激務ではない。給与の格差が生む、逃げ場のないプレッシャーだった。

「僕の給料は、日本の初任給の3分の1。残業代も出ない。自分としては貧困スレスレの生活です。でも、現地のフィリピン人スタッフから見れば、それは『自分たちの倍以上の高給取り』だったんです」。

深夜0時を回っても終わらない業務。言葉の壁。文化の違い。そんな中で、現地スタッフの視線が突き刺さる。「お前は俺たちの倍もらっているんだろ?何ができるんだ?」。作業場の空気だけが妙に乾いていた。こちらが何か言う前に、相手の待っている沈黙が、先に答えを要求してくる。目に見えない圧は、いつも現場の空気として先に来る。視線は、黙っていても逃げ場を塞いでくる。上司に助けを求めても、返ってくるのは「ネットに書いてあるだろ、自分で考えろ」という突き放した言葉だけ。

きついのは、労働時間ではない。成功の定義がないまま走らされることだった。ゴールのない現場は、設計ミスだ。右腕の仕事は、まずそこを直すことだ。ここが彼の分岐点だった。

結局なにがゴールなんだっけ、と胸の奥がザワつく現場にいるとしたら、最初にやるべきは頑張ることではなく、『ゴールの言語化』だ。成功の定義が決まった瞬間、同じ激務でも、人は前に進める。

翻訳という生存戦略

ボロボロになりながら帰国し、ミズノマリンに入社した水野は、ある衝撃を受ける。今まで自分がフィリピンで七転八倒していた業務が、ここでは日常として当たり前のように回っていたからだ。

しかし、ミズノマリンにも新たな危機が迫っていた。会社は修理屋集団。技術力は日本屈指だが、メーカー側が求めているのは修理だけでなく販売(セールス)だ。俺たちは直すのが仕事だ。売るのは俺たちの仕事じゃない。技術の誇り、市場の要求、創業者の直感、現場のキャパシティー。その四つの綱引きのど真ん中に、右腕は立たされる。

この会社には長いあいだ営業マンがいなかった。ほぼ社長ひとりが顧客と向き合い、案件を獲得し、現場に落としてきた。

彼は自らの仕事を『翻訳』と定義する。社長である父が直感で下す、トップダウンの指令。それを現場にそのまま投げれば、現場はパンクし、ハレーションが起きることもある。だから彼は、社長の意図を咀嚼し、現場が動ける論理へと翻訳して落とし込む。逆に、現場の無理だという悲鳴を、経営が判断を下せる具体的課題へと変換して吸い上げる。

たとえば社長がこれ、やろうと言ったとき、水野はその場で質問する。答えが曖昧なら、現場には出さない。出すときは、主語・期限・判断基準。これを揃えて渡すだけで、板挟みの消耗は目に見えて減る。

翻訳は才能じゃなく手順だ。主語・期限・判断基準をメモにしてから、上にも下にも渡してみるだけで、板挟みの消耗は目に見えて減る。たった三つの欄を作って渡す。それだけで、板挟みは耐えるものから設計できるものに変わっていく。

右腕は、正論を言う人ではない。誰が・何を・いつまでに・どこまでやるかを設計し直し、現場を動かす人だ。

水野の肩書は専務だが、やっているのは営業だけではない。品質管理、人事、そして社内システム。現場が回るための裏方をまとめて抱え、修理屋の誇りを守りながら、市場の波に合わせて船を回す。

役職は責任払い

水野は経営哲学をこう語る。

「役職っていうのは、責任払いのことだと思います。勝ったときに評価される代わりに、負けたときは一番に払うということです」。目立つ権利ではない。失敗したとき、前に立つ義務だ。だから、その役を演じ切れる人にしか、その席は座れない。組織が巨大化し、年商が入社後に倍以上へと急成長する中で、彼は旧来の年功序列にメスを入れた。技術は天才的だが、人を管理するのは苦手というベテランに、無理やり管理職の椅子を押しつけない。年齢にかかわらず、組織全体の責任を引き受け、負けを背負える覚悟のある人間に責任ある立場を任せる。

水野の入社当時から、年商は倍以上に伸びた。伸びるほど、歪みも増える。だからこそ、年功を尊重しながらも、適性のない人には押しつけない。

「上が責任を取る。それが明確なら、現場は思い切って動ける。それが中小企業の機動力なんです」。責任の所在が曖昧な組織ほど、現場は保身に走り、動けなくなる。上が責任を覚悟したとき、現場は初めて前に出ることができる。その設計図が明確であればあるほど、現場は思い切って舵を切れるのだ 。

1を10にする航海

今、ミズノマリンは新たな海域へと漕ぎ出している。M&Aで取得した造船所を拠点に、海外からも整備依頼が舞い込む。「僕は父のように0から1を生み出すタイプじゃない。でも、父が作った『1』を『10』にすることはできる」。

水野が見ているのは、修理を強みにしたまま市場をつくる側へ進む航路だ。メーカーが世界に売りたい製品を、売った後まで面倒を見られる体制で支える。自社ファーストで抱え込むのではなく、マーケット全体が回る形を作る。その発想が、次の成長のエンジンになる。売るではなく回るを設計する。誰が顧客と話し、誰が現場に落とし、どこで止めるか。それを決めると、現場のプライドは守られたまま前に進む。こうして彼は、修理屋のプライドを持続可能な仕組みへと補強し続けているのだ。

創業者が築き上げた『ミズノマリン』という強烈な個性を、彼は冷静なシステムと人事制度で補強し、拡張しようとしている。感覚で行われていた採用にWebテストを導入したのも、属人的だった営業を組織化したのも、すべては誰かが倒れても回る組織にするためだ。

「上司が良いか悪いかで、No.2の仕事は変わる。でも、もしそのポジションに就くと決めたのなら」水野は、自分のような境遇にいる人へ向けてこう語る。

「役を演じ切ってください。板挟みは辛い。でも、翻訳を放棄してトップの言葉をそのまま流せば、現場は混乱し、組織は死ぬ。防波堤となり、言葉を変え、仕組みを作ることでしか、救えない未来があるんです。そしてそれは、どんな会社のどんな組織に属している方にも言えることです」。

その右腕としての覚悟を、彼はある日、父からの二択で背負わされた。

「トランプか、ケネディか。どっちか選べ」

世界中のエンジンメーカーや顧客と渡り合い、一度会ったら忘れないインパクトを与えるための『役名』を持てという命令。彼はその時、直感的に「ケネディで」と答えた。

不動産王のような力で押し切るトランプではなく、若きリーダーとして言葉と理性で人を動かすケネディとして生きる道。それが、株式会社ミズノマリンの専務取締役として、彼がこの組織で背負うことになった人生の配役である。

フィリピンの熱気と冷たい視線の中で培った翻訳力。それが、世界を相手にするミズノマリンのエンジンを、今日も滑らかに回している。

編集後記

フィリピンでの理不尽な環境を、右腕としての力に変えた男。水野氏の言う責任払いという言葉には、トップが泥をかぶる覚悟が凝縮されています。組織という舞台で、与えられた役を徹底して演じ切る。『ケネディ』という役名で戦う彼の背中は、私たちが明日を生き抜くためのプロの矜持を教えてくれます。